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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2440号 判決 1979年4月25日

控訴人兼附帯被控訴人(以下、控訴人という) 五幸商事株式会社

右代表者代表取締役 鈴木秀幸

控訴人兼附帯被控訴人(以下、控訴人という) 鈴木秀幸

右両名訴訟代理人弁護士 城田冨雄

被控訴人兼附帯控訴人(以下、被控訴人という) 村上倉司

右訴訟代理人弁護士 佐藤久

同 本杉隆利

主文

一  原判決中、控訴人五幸商事株式会社の敗訴部分を取り消す。

右部分に関する被控訴人の請求を棄却する。

二  原判決中、控訴人鈴木秀幸に金員の支払いを命ずる部分のうち四五〇万三、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年五月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を超える部分を取り消す。

右部分に関する被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人の本件附帯控訴及び控訴人鈴木秀幸のその余の控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は一、二審を通じて、被控訴人と控訴人五幸商事株式会社との間においては、被控訴人の負担とし、被控訴人と控訴人鈴木秀幸との間においては、被控訴人に生じた費用の三分の一を同控訴人の、同控訴人に生じた費用の三分の二を被控訴人のそれぞれ負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決中、控訴人ら敗訴部分をいずれも取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに附帯控訴につき、附帯控訴棄却の判決をそれぞれ求め、被控訴代理人は、「本件控訴はいずれも棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決並びに附帯控訴として、「原判決中、被控訴人の敗訴部分のうち五二二万八、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年五月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める範囲で取り消す。控訴人らは連帯して被控訴人に対し、五二二万八、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年五月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決及び右金員の支払いを求める部分につき仮執行の宣言をそれぞれ求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

一  被控訴人

1  控訴会社が金融業者であり、控訴人鈴木がその代表取締役であることは認める。

2  被控訴人が控訴会社から二〇〇万円の交付を受けたことは認める。

二  証拠関係《省略》

理由

一  詐欺行為の主張について

被控訴人は、控訴人らは、原審被告牧田せいと共同して本件各物件の所有者小杉喜作の印を盗用し、必要な契約関係の文書を偽造して、右喜作が本件各物件について根抵当権設定及び売却の意思がないことを知りながらあるように装い、被控訴人をしてその主張の契約を締結させて損害を被らせた旨主張するが、控訴人らが牧田と共同して小杉喜作の印を盗用し、必要な契約関係の文書を偽造したこと及び右喜作には本件各物件について根抵当権設定や売却の意思がないことを知っていたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、後記認定事実によると、控訴人らは、喜作の印を盗用して、必要な契約関係の文書を偽造したことはなく、また喜作には本件各物件について根抵当権設定や売却の意思がないことを知らなかったことが認められるから、詐欺行為の右主張は、その他の点に立ち入るまでもなく認めるに由ない。

二  不法行為の主張について

1  《証拠省略》を総合すると、次のことが認められる。

(一)  被控訴人は、昭和三九年九月から村上不動産の名称で不動産業を営み、昭和四五年春ごろから金融業をも兼ねているものである。

控訴会社は昭和四〇年一〇月、設立した会社であって金融業を営むものであり、控訴人鈴木はその代表者である(ただし、この点は設立年月を除き当事者間に争いがない。)。

被控訴人と控訴人鈴木は、昭和四一年ごろから親しく交際してきた友人の間柄であり、数日間に一度、互いに行き来していた。

(二)  控訴会社が不動産を担保に融資する際は、不動産の知識に豊富な被控訴人に依頼して担保とすべき不動産の価額を評価したうえ、融資を実行していた。そのようなことから、控訴会社が右不動産につき担保権を実行する必要のある場合には、被控訴人に連絡して買い取ってもらうことにしており、昭和四五年七月当時、そのような事例は約一〇件を数えていた。

(三)  訴外小杉喜作の妻せいと名乗る女性(以下、せいと名乗る女性という)は昭和四五年七月下旬、訴外牧野俊彦、同山梨文義と連れ立って控訴会社に至り、喜作の所有にかかる清水市南岡町七四三番宅地三〇〇・八二平方メートル、同番地所在・木造瓦葺二階建居宅一棟一階七九・三三平方メートル、二階三九・六六平方メートル、外倉庫一棟(以下、第一物件という)を担保に七〇〇万円の融資方を申し入れた。控訴人鈴木はそのとき、山梨は知っていたが、他の二人は初対面であった。

せいと名乗る女性らは、右の申入れをするに当たり、喜作は同人所有の他の不動産を担保に他から融資を得ており、これを弁済しなければ担保権の実行によって時価二、〇〇〇万円もする右不動産の所有権を失うことになるので、喜作の家屋敷(第一物件)を担保にその返済資金の融資を得たい旨述べ、またせいと名乗る女性は、「主人の喜作は体が弱くてどうしようもないので自分が一切を委されている」旨告げた。

(四)  そこで、控訴人鈴木は、これまでと同じように被控訴人に依頼し、第一物件の担保価値を評価してもらうべく被控訴人を実地に案内したところ、五〇〇万円程度の貸付けが相当であろうとの評価であったので、せいと名乗る女性に対し、控訴会社で五〇〇万円なら貸付けに応じてもよく、他に追加担保があるならさらに融資してもよい旨返事した。ところが、せいと名乗る女性らは数日を経ずして、喜作所有の清水市神田町所在の居宅一棟、共同住宅二棟及びそれらの敷地(以下、第二物件という)を担保に追加融資方を申し入れてきたので、控訴人鈴木は第二物件についても被控訴人を実地に案内してその担保価値を評価してもらったうえ、第二物件を担保に七〇〇万円の融資に応ずることとしたが、控訴会社のみで同時に二件の融資を実行するより、控訴会社が第二物件を担保に貸し付け、被控訴人に第一物件を担保に貸付けてもらうべく、改めて第一物件を担保に供しての融資の申込みを被控訴人に紹介した。

なお、控訴人鈴木が被控訴人を案内して第一物件の実地に赴いた際、建物の中に入って喜作に会ったりすることなく、建物についてはただ、外から眺めたにすぎなかった。

(五)  被控訴人は、右の紹介を受けて第一物件を担保に五〇〇万円の融資に応ずることとし、その旨控訴人鈴木に答えたので、同控訴人は、控訴会社備付けの根抵当権設定契約証書の用紙に自ら日付、債権極度額、利率等を記入してこれをせいと名乗る女性に交付し、所要事項を記入して持参することを求めたところ、右女性及び牧野らは同月二九日、司法書士滝繁雄事務所に至り、喜作の実印、印鑑登録証明書を持参して右用紙の債務者欄に喜作のため署名捺印したので、滝自らもその他の部分を補充してやり、債権者被控訴人、債務者兼根抵当権設定者小杉喜作、連帯保証人小杉せい、債権極度額七五〇万円なる根抵当権設定契約証書の完成を見たので、滝は、控訴人鈴木に登記申請書類が整ったので金銭の授受をされたい旨連絡した(滝はそれまで四回、せいと名乗る女性らが喜作所有の不動産に抵当権を設定して他の金融業者から融資を受ける際、その登記手続を委任されていて、せいと名乗る女性と顔見知りであったし、控訴人鈴木も、右根抵当権設定登記手続を被控訴人のため滝に委任することとしていた。)。

そこで、控訴人鈴木は、被控訴人にその旨連絡したところ、被控訴人は、その事務員をして貸金額五〇〇万円から一か月五分の割合による三か月分の利息計七五万円を天引きした四二五万円を控訴会社事務所に届けたので、控訴人鈴木は、控訴会社事務員細田義雄に指示してこれを滝事務所に持参させ、同所でせいと名乗る女性に交付した。

なお、控訴人鈴木は、被控訴人方事務員より右四二五万円を預る際、控訴会社名義の五〇〇万円の領収証を被控訴人あて発行し、右金員をせいと名乗る女性に交付して、それと引き換えに小杉喜作名義の金額五〇〇万円の約束手形の振出しを受け、これを被控訴人に届ける際、右領収証の返還を受けることにした(しかし、控訴人鈴木がそれを失念したため、右領収証はいまも被控訴人の手中にあるものである。)。

(六)  せいと名乗る女性及び牧野らは同年八月二〇日ごろ、再度、控訴会社に至り、控訴人鈴木に対し、第一物件は喜作が現に住居としている家屋敷であるため、それに設定した根抵当権を抹消したいことと、清水市神田町二一七番田一〇〇平方メートル、同所二一八番田三四一平方メートル、同市大沢町一四五番畑九三平方メートル(以下、第三物件という)を担保にして他から融資を得ているが、その金利がかさむことのため、第三物件を三・三平方メートル当り七万円で売却したいから買い取って欲しい旨申し入れた。

そこで、控訴人鈴木は、不動産業者の被控訴人にこれを買い取ってもらうべく右申入れの件を紹介したうえ、被控訴人を実地に案内したところ、被控訴人は、第三物件は農地であるが、ほとんど宅地化しつつあるので三・三平方メートル当り八万円以上の土地であり、七万円なら買い得物件であると評価して買い受けることを決意し、その旨控訴人鈴木に答えたため、控訴人鈴木は同月二六日ごろ、被控訴人方備付けの不動産売買契約書の用紙を用い、控訴会社でせいと名乗る女性に売主の住所氏名欄の記入と押印のほか、他の所要事項をも記入させ自ら買主の住所氏名を記入して、被控訴人が喜作の代理人であるせいと名乗る女性から喜作所有の第三物件を三・三平方メートル当り七万円、代金総額一、一二七万円で買い受け、手付金三二七万円を支払い、残金は所有権移転登記に必要な一切の書類と引換えに行う旨の売買契約書の作成に関与し、さらに被控訴人に買主としての押印を得たうえ、被控訴人のため農地法五条の転用許可を条件とする所有権移転仮登記手続を滝司法書士に依頼した。そして、そのころ、せいと名乗る女性及び牧野らが滝事務所を訪れた際、被控訴人に手付金の授受を促したうえ、手付金三二七万円を控訴会社に届けさせ、さらにこれを控訴会社事務員細田をして滝事務所に持参せしめて、せいと名乗る女性に交付した。

(7) せいと名乗る女性及び牧野らは同年九月二日ごろ、みたび控訴会社に至り、第三物件に隣接する清水市大沢町一二三番畑一九五平方メートル、同所一五四番一畑一九平方メートル、同番二畑七四平方メートル(以下、第四物件という)が金融業者広田茂雄に対する四〇〇万円の債務の担保に供されていて、これが弁済期が迫っているところ、これを売却して右債務を弁済したいから買い取って欲しい旨申し入れた。

そこで、控訴人鈴木は、第三物件と同様、これも被控訴人に買い取ってもらうべく右申入れの件を紹介したところ、第三物件の見分で既に実地を知っている被控訴人は、第三物件と同一条件で買い受ける旨答えたので、控訴人鈴木は、被控訴人方備付けの不動産売買契約書の用紙を用い、せいと名乗る女性に売主の住所氏名欄の記入と押印のほか、物件の表示と代金額を記入させ、自らも買主の住所氏名、手付金額及び残金の支払いに関する特約事項等を記入して、被控訴人が喜作の代理人であるせいと名乗る女性から喜作所有の第四物件を三・三平方メートル当り七万円、代金総額五九五万円で買い受け、手付金二四五万円を支払い、残金は農地法五条の転用許可あり次第支払う旨の売買契約書の作成に関与し、さらに被控訴人に買主としての押印を得たうえ、被控訴人のため右転用許可を条件とする所有権移転仮登記手続を滝司法書士に依頼した。そして、そのころ、被控訴人から手付金を支払うから取りに来て欲しい旨連絡を受けた控訴人鈴木が、細田に指示して被控訴人より手付金二四五万円を預からせ、これを滝事務所に持参せしめて、同所でせいと名乗る女性に交付した。

(八)  こうして、第一物件、第三及び第四物件につき、それぞれ取引が成立したとして、被控訴人は、せいと名乗る女性に貸付金又は手付金名下に金員を交付するに至ったのであるが、控訴人鈴木は、被控訴人に右各取引を紹介するに当たり、また被控訴人のためその後の事務処分をするに当たり、終始、せいと名乗る女性が真実小杉せいであり、そのせいが小杉喜作の妻として夫を代理する正当な権限を有するものと信じて行動し、直接喜作にその真偽を確かめる等の調査をしなかった。

なお、控訴人鈴木は、被控訴人からはもとより、せいと名乗る女性からも手数料その他の礼金を受け取っておらず、またその要求もしていない。

(九)  ところで、原審被告牧田(旧姓小杉)せいは喜作の長男の妻であったところ、訴外奥津美代子は右せいからたびたび借金し、その総額は約一〇〇万円に上っていた。このため奥津はせいからその返済を迫られて苦慮したあげく、他から融資を得て返済しようと思い立ち、そのための担保物件として、せいが当時同居中の義父喜作所有の不動産に目をつけ、せいに借金を返済できることを口実に喜作の実印、登記済証を持ち出すことをそそのかした結果、せいもしぶしぶこれに応ずるに至った。

そこで、奥津は昭和四四年一〇月ごろ、第三物件中の神田町の田を担保に金融業者から融資を得たが、これが返済資金を捻出するため、これを返済しないと右不動産の所有権を失うに至る旨を告げてせいを困惑させ、せいをして次々と喜作の実印等を持ち出させて、喜作所有の不動産を担保に提供することを黙認することのやむなきに至らしめた。

こうして、奥津は牧野と相談のうえ、小杉せいと称しかつ喜作の妻などといい、せいの持ち出した喜作の実印及び登記済証(ただし、一部の物件についてのみ)を利用し、印鑑登録証明書の交付も受け、喜作所有の不動産を担保に、昭和四五年五月二日ごろから同年六月一八日ごろまでの間に四回ぐらいにわたり、金融業者の広田茂雄、石谷周一等から勝手に多額の借金をし、その返済期が迫り返済資金に窮するや、山梨の知っている控訴会社を訪れて第一及び第二物件を担保に融資を申し込み、さらに第三及び第四物件の売却も申し入れるに至ったものである。

一方、せいは、これらの物件が担保流れとなり、金融業者から処分されることによって喜作に知られるのを恐れ、奥津らの行為をやむなく黙認し、さらに請われるまま喜作に無断で実印を持ち出し、奥津らの使用に委ねていた。

(一〇)  喜作は、嫁のせいが自己の実印や登記済証を持ち出し奥津にその使用を許したことによって、奥津らがこれを利用し自己の不動産を担保に金融業者から金を借り受け、またこれを他に売却していることなどは全く知らず、昭和四五年九月中旬ごろ、知人から自己の不動産が売りに出ていることを知らされて、初めてことの経緯を知るに至った。

以上(一)ないし(一〇)の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  右(一)ないし(一〇)の認定事実によると、さらに次の事実を推認することができる。

(一)  第一物件による融資の申込み、第三及び第四物件の売却申入れは、いずれもせいと名乗る奥津が控訴会社を訪ねて、控訴会社に申し入れたものであるが、これを控訴人鈴木が被控訴人に紹介して取引させるに至ったのは、向控訴人が、右各取引が友人であり、金融業兼不動産業を営む被控訴人の利益になると考慮してのことである。

一方、控訴会社は金融業を営んでいるが、金融の仲介や不動産売買及びその仲介を業とするものではない。

したがって、右各紹介は、控訴人鈴木が個人としてなしたものであり、控訴会社の業務の一環としてなされたものではない。

(二)  せいと名乗る奥津らから取引の申込みを受けた控訴人鈴木は、奥津が真実喜作の妻せいであり、同女は物件所有者で夫の喜作を代理する正当な権限を有していると信じていたのであるから、控訴会社を訪ねた奥津と取引することによって喜作本人に効力の及ぶ契約ができるとの誤った認識を持っていたものであり、その認識の下に、被控訴人に取引を勧めるため右各紹介に及んだものである。

(三)  その結果、被控訴人は、控訴人鈴木の右紹介にかかる取引に応ずる決意をして、同控訴人にその意思を伝え、その後の事務処理を同控訴人に委せた。

(四)  そこで、控訴人鈴木は、被控訴人の取引意思を知ったのでこれを奥津に伝えたうえ、被控訴人のため、根抵当権設定契約証書や不動産売買契約書等の取引書類の作成及び金銭の授受に関与し、また登記手続を滝司法書士に依頼して取引を完了せしめた。

以上(一)ないし(四)の各事実を推認することができ、原審及び当審における被控訴人本人の供述中、これに反する部分は措信し難く、他に右推認を覆すに足りる証拠はない(前記のように控訴人鈴木が控訴会社事務所で被控訴人方事務員より四二五万円を預る際、控訴会社名義の領収証を被控訴人あてに発行しているけれども、右控訴会社名義は控訴人鈴木が注意を欠いて漫然使用したものと考えられ、その他前記のように控訴人鈴木の指示により控訴会社の従業員が金員の交付にたずさわっている事実もあるけれども、これらの事実をもってしても未だ直ちに右(一)の認定を左右するに足りない。)。

3  そこで、前記認定事実に基づき、控訴人らの不法行為の成否について検討する。

まず、被控訴人が第一物件、第三及び第四物件について取引するに至ったのは、控訴人鈴木の紹介を信用して取引を決意したためであるが、同控訴人の右紹介は、個人としてしたものであり、控訴会社の代表取締役としてその業務遂行のためしたものとは認められないから、控訴会社にはこれ以上の判断に立ち入るまでもなく、不法行為上の責任はないといわねばならない。

次に、控訴人鈴木について不法行為上の責任の有無を検討するためには、まず同控訴人が第一物件、第三及び第四物件の取引申込みを受けて、これを被控訴人に取引させるために紹介するには、いかなる注意義務を有していたかが確定されなければならない。

(一)  控訴人鈴木が第一物件の取引申込みを受けた際、せいと名乗る奥津から、「夫喜作は体が弱くどうしようもないので妻たる自分が一切委されている」との理由で、夫を代理して取引するものであること、第一物件は右喜作が現に住居に使用中の家屋敷であること、そして、これを担保に七〇〇万円の融資を受けたいこと等を告げられている。また、第一物件については五〇〇万円の融資しか応じられないと答えるや、数日を経ずして、奥津から第二物件を追加担保として融資の申込みを受け、これにつき七〇〇万円を融資する旨答えて、結果的に被控訴人が四二五万円、控訴人鈴木が五八五万円合計一、〇一〇万円にも上る多額の金銭(しかもその金額は、当初の融資申込額を三〇〇万円余超えている)を貸し渡している。

しかるところ、かかる多額の金銭は夫婦がその共同生活を営むための客観的に妥当な範囲を超えるものであることは明らかであり、また他の不動産に設定した担保権を抹消するとの理由で現に住居に使用中の家屋敷を担保に供することは、特段の事情がない限り尋常であるとはいい難いうえ、右家屋敷はもとよりのこと、夫の特有財産である不動産を担保に供するような行為は、夫婦がその共同生活を営むために通常必要とする法律行為とはいえないこと、「夫は体が弱くどうしようもないので一切委されている」旨の発言内容は、とりようによっては妻が夫の意向を体することなく独断でなしているとも受け取られること及び初対面の女性が街の一金融業者にすぎない控訴会社を訪ねての多額の融資申込みであること等にかんがみると、控訴人鈴木が通常の注意力を有する者であれば、これらの点に思いを致し、せいと名乗る奥津の行動に疑いを抱くのは当然であったろうと思われる。

そしてまた、第三及び第四物件の売却申入れも、もっともらしい理由が付けられていたとはいえ、右の事情に、右いずれの申入れも第一物件取引後のわずか四〇日足らずの間になされた極めて財産的価値の大きい不動産についてのものであることを併せ考えると、控訴人鈴木は、先に述べたと同様の疑いを持ってしかるべきであったろうと思われる。

(二)  してみると、控訴人鈴木としては、第一物件、第三及び第四物件についての取引申込みを受けて、奥津らの言動に疑いを抱くのが当然であったのであるから、その申込みに自ら応じないで、これを被控訴人に取引させるために紹介するには、奥津が真実せいであり、そのせいが喜作の妻として夫を代理する正当な権限を有していたか否かにつき、直接喜作本人に確かめる等して調査すべき注意義務があったといわねばならない。

しかるに、控訴人鈴木は、奥津らの言動をたやすく信じて右の調査義務を怠り、奥津が真実喜作の妻のせいであり、同女が夫を代理する正当な権限を有するものと誤認して、この誤った認識に基づき奥津の取引申込みを被控訴人に紹介し、被控訴人をして、被控訴人も右の誤った認識のまま紹介にかかる申込みに応ずることを決意させ、その事務処理を同控訴人に委ねさせて、奥津との間で第一物件、第三及び第四物件につき前記の契約を締結させるに至ったものである。

よって、控訴人鈴木は、被控訴人が右の契約を締結したことによって被った損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

4  そこで、被控訴人の被った損害について検討する。

(一)  被控訴人が奥津に対し、第一物件の取引において貸金名下に四二五万円を、第三及び第四物件の各取引においていずれも手付金名下に前者につき三二七万円、後者につき二四五万円をそれぞれ交付していることは、既に認定したとおりであるから、その合計九九七万円の損害を被ったことが明らかである。

(二)  《証拠省略》によると、次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(1) 被控訴人は、第三及び第四物件につき前記各売買契約を締結した後、(イ)昭和四五年八月二八日、右物件のうち清水市大沢町一四五番畑九三平方メートルを訴外川口国男に、(ロ)同年九月五日、手代木真人の仲介により右物件のうち同市同町一五四番一畑一九平方メートル、同番二畑七四平方メートルを訴外岩崎勇作に、(ハ)同月七日ごろ、有限会社ヒカリ不動産の仲介により右物件のうち同市神田町二一七番田一〇〇平方メートルを土留工事をしたうえで引渡すとの約束で訴外佐々木威に、(ニ)同月一四日、訴外長沢千弘の仲介により右物件のうち同市同町二一八番田三四一平方メートルのうち一六五平方メートルを訴外静岡土地建物株式会社に、(ホ)同日ごろ、右(ニ)の田のうち一七五平方メートルを訴外杉山芳枝に、(ヘ)同月二五日、右物件のうち同市大沢町一二三番畑一九五平方メートルを訴外大石喬二にそれぞれ農地法五条の転用許可あることを条件として売り渡す旨の契約を締結し、そのころ手付金又は代金の一部を受領した。しかるところ、前記第三及び第四物件の各売買契約がいずれも奥津の無権代理行為であることが判明し、かつ被控訴人は、所有者の喜作から同年一〇月一三日、第三及び第四物件につき処分禁止の仮処分を執行され、さらに同年一一月一一日、前記売買契約に基づき、第三及び第四物件につき経由した条件付所有権移転仮登記(ただし、右(イ)の畑については川口に直接、条件付所有権移転仮登記を了したので、川口が訴えられた)の抹消登記手続を求められて、静岡簡易裁判所に訴えを提起され、右(イ)ないし(ヘ)の売買契約の履行が不能になったため、これらの契約を解約し、契約の相手方に対し、手付金等を返還したうえ違約金を支払った。

(2) その結果、被控訴人は、右(イ)の契約の解約違約金として昭和四六年七月一四日、川口に一三万円を、右(ロ)の契約の仲介手数料として昭和四五年九月二〇日、手代木に一二万円を、右(ハ)の契約の仲介手数料として同月七日、ヒカリ不動産に三万円を、また右契約に基づき土留工事を施行しその工事代として同月二六日、訴外大滝大三に五万六、〇〇〇円を、右(ニ)及び(ホ)の各契約の仲介手数料として同月一六日、長沢に各一五万円宛、計三〇万円を、右(ニ)の契約の解約違約金として昭和四六年三月八日、静岡土地建物株式会社に一〇万円を、右(ヘ)の契約の解約違約金として同年一月三〇日、大石に三〇万円をそれぞれ支払い、それと同額の合計一〇三万六、〇〇〇円の損害を被った。

なお、被控訴人は、右(ロ)の契約につき解約による違約金として三〇万円を岩崎勇作に支払った旨主張するけれども、右主張を認めるに足りる証拠はなく、また《証拠省略》によると、被控訴人は昭和四五年一一月二日佐々木に対し、右(ハ)の契約の解約金として一四三万六、〇〇〇円を支払っていることが認められるが、右解約金に違約金が含まれていることないし含まれているとしても、その金額を認めるに足りる証拠はない。

(三)  被控訴人は、右(イ)ないし(ヘ)の各契約を履行した場合の転売利益三六一万六、〇五〇円を喪失し、同額の損害を被った旨主張する。

しかしながら、第三及び第四物件に関する被控訴人の損害は、被控訴人が右各物件につき喜作に効力の及ぶ各売買契約が成立したものと誤信したことによって被った損害に限られるというのを相当とすべく、被控訴人と奥津との第三及び第四物件についての前記各売買契約は、奥津の無償代理行為として喜作に効力が及ばず、被控訴人は右各物件の所有権を取得するに由なかったものであり、したがって、被控訴人がこれを転売しても、その相手方に対し、所有権を移転することができず、結局、契約を履行することはできなかったのであるから、被控訴人には契約を履行することによって生ずべき転売利益はそもそも期待できなかったものといわざるを得ない。してみると、被控訴人の右主張にかかる損害はこれを認めるに由ないものである。

従って、被控訴人の被った損害は、(一)記載の九九七万円及び(二)記載の一〇三万六、〇〇〇円合計一、一〇〇万六、〇〇〇円であるところ、被控訴人が控訴会社から二〇〇万円の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、被控訴人が交付を受けた右金銭は、本件各取引が奥津の無権代理行為であることが発覚し、喜作が右無権代理行為を追認せず各取引に応ずる意向のないことが判明した段階において、控訴人鈴木の音頭によって奥津、牧野、せい、滝司法書士らが、被控訴人及び控訴会社の本件貸付金及び売買手付金名下に奥津に交付することによって被った損害一、七七二万円(ただし、被控訴人及び控訴会社の貸付金はそれぞれ名目上の貸付金額である五〇〇万円及び七〇〇万円として計算)をそれぞれ分担して填補し合うことによって示談解決すべく話し合った過程において(示談成立するまでには至らなかったが)、奥津が控訴会社を介して被控訴人に支払ったものであることが認められ、この認定事実によると、奥津の右出捐は示談成立を前提としてなされたものであったとしても、少なくとも奥津は、右損害のうち被控訴人分を填補する趣旨であったことは明らかであるから、被控訴人が右二〇〇万円を受領することによって、被控訴人の被った前記損害は二〇〇万円の限度で填補されたものと認めるべきである。

よって、右填補分を控除すれば、被控訴人の損害は、結局九〇〇万六、〇〇〇円となる。

5  前記1、2の認定事実によると、被控訴人が控訴人鈴木の紹介に応じて、第一物件、第三及び第四物件についての前記各取引を決意するに至ったのは、友人であり、金融業を営む控訴会社代表取締役の同控訴人を信頼したからにほかならないとはいえ、不動産業及び金融業を営む者が自己の営業として取引するのであるから、被控訴人自ら、控訴人鈴木の紹介内容に検討を加え、あるいは奥津らと面談したうえで右取引を決意すべきであったというべきであり、そうすれば、被控訴人も、控訴人鈴木について述べたことと同じ理由により、奥津の行動に疑いを抱くのは当然であったろうし、その結果取引することはなかったであろうと考えられるのである。したがって、自らなすべき注意を怠り、控訴人鈴木の紹介にたやすく乗り、取引を決意した被控訴人にも、同控訴人と同程度の過失があったと認めるのが相当である。

してみると、被控訴人が控訴人鈴木に対し、賠償を求め得べき額は、前記損害額九〇〇万六、〇〇〇円の二分の一に当たる四五〇万三、〇〇〇円であると認めるのが相当である。

三  債務不履行の主張について

前項2の認定事実によると、被控訴人が、控訴人鈴木の紹介にかかる取引に応ずる意思を決定して、同控訴人にその意思を伝え、その後の事務処理を同控訴人に委ねたのであり、一方、控訴人鈴木は、被控訴人の右取引意思を奥津に伝えたうえ、取引書類の作成及び金銭の授受に関与し、また登記手続を司法書士に依頼して取引を完了せしめているのであるから、被控訴人と控訴人鈴木との間には準委任契約が成立していることは否定できないところである。しかしながらまた、右2の認定事実によると、控訴人鈴木は、奥津が真実せいであり、同女は夫の喜作を代理する正当な権限を有しているものと信じて、せいと名乗る奥津と取引することによって喜作本人に効力の及ぶ契約ができるとの誤った認識の下に、被控訴人に取引を勧めるため紹介行為に及んだのであり、その結果、被控訴人がその紹介にかかる取引に応ずる意思を決定して、その後の事務処理を同控訴人に委ねたのであって、それは、被控訴人が控訴人鈴木の右認識内容を真実であると誤信して、せいと名乗る奥津と取引することとしたからにほかならないのであるから、控訴人鈴木の、せいの代理権の有無等を調査確認すべき義務は、右紹介行為を行う際に尽くすべきものであって、その後の委任事務を処理する際には最早、負っているものではないというべきである。したがって、控訴人鈴木に対する関係において右義務の存在を前提とする債務不履行の主張は、その他の点に立ち入るまでもなく採用するに由なく、また控訴会社については、(準)委任契約の成立を認めることができないのであるから、右主張は、採用するに由ない。

四  予備的請求の貸金の主張について

被控訴人が控訴会社に対し、五〇〇万円を貸し与えたことを認めることのできる証拠はない。かえって、二項1の認定事実によると、控訴人鈴木が昭和四五年七月二九日、被控訴人より元金五〇〇万円から七五万円の利息を天引した四二五万円を受け取ったのは、被控訴人のため、これを貸金として奥津に交付するためであったにすぎず、同控訴人が控訴会社の借受金として受領したものでないことが認められるのであるから、右貸金の主張はこれを認めるに由ない。

五  結論

以上によると、被控訴人の控訴会社に対する本訴請求は全部理由がないのでこれを棄却すべきであり、また控訴人鈴木に対する本訴請求は、被控訴人が同控訴人に対し、不法行為に基づき、四五〇万三、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきところ、原判決は右と一部異なるので、原判決中、控訴会社の敗訴部分を取り消して、右部分に関する被控訴人の請求を棄却し、控訴人鈴木に金員の支払いを命ずる部分のうち、右認容すべき限度を超える部分を取り消して、右部分に関する被控訴人の請求を棄却し、また被控訴人の本件附帯控訴及び控訴人鈴木秀幸のその余の控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田畑常彦 丹野益男 裁判長裁判官園田治は転補のため署名押印することができない。裁判官 田畑常彦)

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